あなたには、この宝物がみえますか~憲法たんば

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2005年 11月 08日

ふたたび、第2回実行委員会のお知らせ

前にもお知らせしましたが、11月9日(水)午後6時半から、丹南健康福祉センター第1会議室で、丹波地区上映実行委員会の2回目の会議を開きます。
12月の上映会に多くの人に来てもらうための会議です。
どなたでも参加できますので、よろしくお願いします。(K)
11月8日

# by kenpotamba | 2005-11-08 09:42 | 上映会 | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 07日

あたらしい憲法のはなし

「あたらしい憲法のはなし」という本を読んだことがありますか。
これは、1947年8月2日に、中学校1年生用の社会科の教科書として文部省が発行したものです。様々な復刻版が出ており、私も復刻版で読んだことがあります。
今読んでもとても新鮮な小冊子です。
この小冊子の中に、憲法9条についての記述があります。
皆さんも読んでみてください。
11月7日


「あたらしい憲法のはなし」
 
六 戦争の放棄

みなさんの中には、今度の戦争に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとうとうおかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戦争はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戦争をしかけた国には、大きな責任があるといわなければなりません。このまえの世界戦争のあとでも、もう戦争は二度とやるまいと、多くの国々ではいろいろ考えましたが、またこんな大戦争をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。

そこでこんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。「放棄」とは、「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。

もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、けっして戦争によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの国をほろぼすようなはめになるからです。また、戦争とまでゆかずとも、国の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戦争の放棄というのです。そうしてよその国となかよくして、世界中の国が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の国は、さかえてゆけるのです。

みなさん、あのおそろしい戦争が、二度と起こらないように、また戦争を二度とおこさないようにいたしましょう。

# by kenpotamba | 2005-11-07 19:49 | 憲法9条 | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 06日

5月5日の「天声人語」

今年5月5日の朝日新聞の「天声人語」に、映画日本国憲法のことが書いてありました。
以下、全文紹介します。
11月6日

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「天声人語」2005年5月5日付け

 阪神方面から帰京する新幹線で、『「映画 日本国憲法」読本』(フォイル)を開いた。この妙なタイトルには多少の説明が要る。

 4月下旬、東京で「映画 日本国憲法」(ジャン・ユンカーマン監督)の上映会があった。日本国憲法について世界の知識人が語るドキュメンタリーで、初回に約700人が来場した。当方は立ち見だったが、100人ほどが入れなかったという。

 映画をもとに構成したのが『読本』だ。「日本は立派な国家です。しかし、自分自身の声で発信し、アメリカと異なるアイディアを明瞭(めいりょう)に示す勇気をもつことができませんでした」。日本の戦後史を描いた『敗北を抱きしめて』でピュリツァー賞を受けた歴史家ジョン・ダワー氏だ。「(日本が)アメリカのような『普通の国』になりたいというのなら、現時点で恐ろしい話ではないですか……アメリカはますます軍事主義的な社会になってきているのですから」

 国内に「改憲ムード」が広がっているようだ。確かに憲法と自衛隊との関係はねじれている。しかし例えば日本が「軍隊を持つ」と表明することの重みがどれほどになるのか、詰めた議論が世の中に行き渡っているとは思えない。

 日本や世界の未来が米国に左右されかねないという時代に、米国との関係をどうするのかも緊急の課題だ。改憲案より、どんな国をめざすのかを詰める方が先ではないか。

 家族連れの多い新幹線の中を見渡す。将来、わが子が軍人になり、外国の戦場に行く。そんなことを思いめぐらす親など、いそうもなかった。

# by kenpotamba | 2005-11-06 11:11 | 映画日本国憲法 | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 05日

「押しつけた」とは言えない

映画日本国憲法の中でも登場するベアテ・シロタ・ゴードンさんは、憲法草案作成に携わった女性です。

●ベアテ・シロタ・ゴードンさんのプロフィール
1923年、ウイーン生まれ。5歳の時、ピアニストの父レオ・シロタと共に来日、少女時代を東京・乃木坂で過ごす。15歳で単身渡米しミルズカレッジを卒業。1945年12月、日本に残っていた両親に会うためにGHQ民政局に職を得て再来日、憲法草案作成に携わる。その後米国に移住し、ジャパンソサエティ、アジアソサエティにおいて日米文化交流につくす。著書に『1945年のクリスマス』(柏書房)。


ゴードンさんがインタビューのなかで話されている印象的な部分を「映画日本国憲法読本」(フォイル)から紹介します。

―よく日本の憲法が占領軍に押しつけられたというように批判されますが、それについてどう思いますか。

「ほかの人に何か押しつけるときにですね、自分のものよりいいものを押しつけないでしょ。a0044147_13461255.jpg日本の憲法はアメリカの憲法よりすばらしい憲法ですから、『押しつけた』とは言えないだろうと思います。日本の国民はほんとうに喜んで受けました」

「施行から57年間も改憲しなかったということは、日本の国民に合うから改憲されなかったと思います」

「もう一つ、外から来た憲法であるから改憲しなければならないと思う人たちがいますが、日本は歴史的にいろんな国からいろんなものを導入し、それを自分のものにして、もっといいものにしたこともずいぶんありますね。たとえば中国から漢字が来ましたでしょ。仏教はインドと中国から。そして陶器、雅楽などがありますね。みんな外から来て日本のものになりました。だからいい憲法だったらそれを受けて、いいように使えばいいじゃないかって私は思うんです」

11月5日

# by kenpotamba | 2005-11-05 13:47 | 映画日本国憲法 | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 04日

壊れていない車は修理するな

日経BP社の「ビジネススタイル」というコラムのホームページがあり、その中に「立花隆の『メディア ソシオ-ポリティクス』」という連載記事があります。
その中で、評論家・ジャーナリストである立花隆さんが、憲法改正に反対の立場で書かれている文章の一部を紹介します。

「変えないほうがいいと思う最大の理由は、どうしてもいますぐ第9条を変えなければ困るというさし迫った事情がないからである。とりあえず、変えなくてもすんでいるし、これからもすむだろうと思うからである。どうしても変えなければならない事情が具体的に出てきたら、そのとき、その状況に即して考えればいいのである。そのようなのっぴきならない事情が出てくる前に、変える必要はない」

「いま提出されている改憲論のすべては、この『必要性』の議論において弱い。提示されている必要性は、自衛隊の存在とそのあり方などにおいて、現実と法の建て前との間にズレが生じているから、そのズレを『直した方がよい』といった程度の議論であって、『どうしても』『いますぐ』『直す必要がある』という、『緊急性』と『代替方策不可能性』をともなっての、『絶対的必要性』はどこからも提示されていない」

「『した方がよい』という程度の必要性しかないときに、あえて憲法を変える必要性はないというのが、私の基本的考えである」

「基本的法制に関しては、変えなくてもすむものは変えないほうがいいのである」

「法の問題で何より重要なのは、法の安定性を守ることである。法の安定性を守るために何より重要なのは、法をみだりに変えないことである。法の世界でいちばんいけないのは、朝令暮改である。今朝は法律で正しいとされていたことが、夕方になったら誤りとされてしまうようでは、人は法に対する信頼性を根本的に失ってしまう。朝令暮改の世界では人は、法を守る気力すら失ってしまう。法は変えないですむなら、変えないにこしたことはない」

「憲法第9条を捨てずに、今日まで守りつづけたことには大きな意義があり、今日の日本の政治的、経済的成功も憲法第9条のおかげという側面が多分にあると思っている。もしいま第9条を捨ててしまったら、日本は政治的にも経済的にも外交的にも苦境におちいることになるだろう」

11月4日

# by kenpotamba | 2005-11-04 21:10 | 憲法 | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 03日

文化の日

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11月3日は文化の日。
11月3日は、1948年に制定された国民の祝日に関する法律によって文化の日とされました。
「自由と平和を愛し、文化を薦める」祭日と定められたとのことです。
これは、1946年のこの日に、戦争放棄・主権在民・基本的人権を宣言した新憲法が公布されましたが、これを記念して平和への意思を基盤とする文化を発展、拡大させようというのがその趣旨です。
今日も篠山には、秋の味覚を求めて、京阪神から多くの観光客が来ていましたが、12月16日(金)の上映会の会場となる、ここ篠山市民センターでも文化発表の催し物が行われていました。

# by kenpotamba | 2005-11-03 17:56 | 憲法 | Trackback(1) | Comments(1)
2005年 11月 03日

石坂啓さん

映画日本国憲法のHPで映画へのメッセージを寄せている漫画家の石坂啓さんが、朝日新聞に登場していました。
「憲法ってなに?自民党案を読む」という連載記事です。石坂さんは、自民党改憲案について、「本当のねらいは、要するにこの日本を、正規の軍隊を持ち、いつでも戦争ができる国にすること」と指摘しています。
また、「現憲法の理念は世界に誇れるはず。時代遅れで恥ずかしいとは思えません」と書いています。全くそのとおりだと思います。(K)

●石坂啓さんの映画へのメッセージ
「日本国憲法」のある国にいまいることが誇りに思えて、
そのあとでだんだん恥ずかしくなってくる。
静かなのに熱くて激しいドラマが見えてくる、ちょっとコワイ映画です。

2005年11月3日

# by kenpotamba | 2005-11-03 13:56 | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 02日

上映会のチラシを作りました

12月の丹波地区上映会の呼びかけチラシを作成しました。
周囲の人たちにチラシを配っていただける方は、実行委員会までご連絡下さい。
連絡先は、入場整理券の時と同じです。
2005年11月2日

# by kenpotamba | 2005-11-02 16:56 | 上映会 | Trackback | Comments(0)
2005年 10月 31日

戦争できる国にするため?

自民党改憲草案の最大のポイントは、やはり9条を変えることにありそうです。
9条1項をそのまま残したとしても、2項が完全に変わってしまったら、もう平和憲法とは言えません。
過去の戦争を見たとき、戦争というものは、「自衛のため」に始められることがほとんどではなかったでしょうか。
「自衛軍」を保持するということは、戦争ができるようにするということです。
今こそ、憲法前文と第9条をもう一度読み返し、この国の未来をみんなで真剣に考えましょう。(K)
2005年10月31日


●日本国憲法第9条
1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

# by kenpotamba | 2005-10-31 23:17 | 憲法9条 | Trackback | Comments(0)
2005年 10月 29日

憲法を変える必要があるのか

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「自衛軍保持を明記 自民党が初の改憲草案」と今日の新聞各紙が報じています。
本当に憲法を変える必要があるのでしょうか。
私たちが日本国憲法について真剣に考えなければならない時です。
こんな時だからこそ、私たちが12月に行う「映画・日本国憲法」の上映会に一人でも多くの市民の皆さんが来ていただきたいと思います。
今日は、この映画の監督であるジャン・ユンカーマンさんのことばを、「映画日本国憲法」のホームページから紹介します。(10月29日)


●監督のことば/ジャン・ユンカーマン

この映画の製作過程で私たちはいくつかの国を旅した。そして、とくに香港とソウルで、歴史が今なおいかにダイナミックに生き、流れ続けているかを知った。戦争は60年前に終わったかもしれない。しかし、人々の戦争体験は生き続けている。戦争の悲劇と、それを忘れない義務は、条約や時間によってケジメがつくものではないし、終わるものでもない。

日本国憲法は、それが公布された時点では先駆的な文書であったし、私たちが今回の取材で再確認したように、今も世界中の人々が求めてやまない理想を示している。日本にとって、この時期にそれを捨てることは、歴史の潮流に逆らう行為だ。

私が初めて日本を訪れたのは1969年のことである。その頃、ベトナムのジャングルでは50万人以上のアメリカ兵が戦っていた。私は16歳だった。当時のアメリカには徴兵制があったから、いずれは自分も不当で無節操な戦争に参加しなければならないという不安を感じていた。日本の平和憲法は、アメリカにあふれ返る軍国主義と明確な対照を成す、悟りと知恵の極致のように思えた。そのことが、日本にいるといつもやすらぎを感じられた理由の一つであろうし、私が長い間、日本に住み、日本で子供たちを育てようと決めた大きな理由ともなっている。将来、私の子供たちが、平和憲法をもつ国で子供を育てる道を選択できなくなるかもしれないと考えると、恐ろしくてならない。

平和憲法と、それに守られている人権は、空気のようなものである。私たちはそれらを当然のものと感じ、ことさら考えてみることがない。現在の改憲論議は、私たちに憲法の意味をふたたび気づかせてくれる。日本に住み、日本で働き、日本で家族を育んでいるすべての人にとって、それがなぜ、どのようにして書かれたのか、そしてどうすればその精神を守り、広げていけるかを考えるよい契機となる。

# by kenpotamba | 2005-10-29 11:12 | 映画日本国憲法 | Trackback | Comments(0)